いやなことでも
自分さえ我慢して口にしなければ
済むこともあるのだろう。
それが大人であるということなのでしょうか?
いつか裏切りが訪れる。
裏切りだと思っていなくても当人がそう感じたならば
それは紛れもなく裏切りだと思う、それは例え小さなことでも。
誰が悪いわけでもない。責めるわけでもない。
感じ取るこころがあればそんなことも起きないのに。
わたしがこういう生き方をしてきたように
みなそれぞれいままでそういうふうに生きてきた。
だから悪くないし、責めもしない。
でもわたしには受け入れられないみたい。
2008年9月22日月曜日
2008年9月18日木曜日
対峙。
生きていく上で
どうしていきたい、どうなりたい
ために
みな、自分の気持ちを押し通して生きていくのでしょうか。
わたしには吐き気がするほど「いや」と認識できることはあります。
しかし
気持ちの中で明確なものを掴めたことがないのだと思われます。
ごく当たり前の出来事にし対しても他人との受け取り方の違いや
感情の鬱積の仕方が、苦悩を生むこと。
他人の百倍、確認作業を繰り返している。
やはり違う…
違うことはよしとしても、なぜかが分からない。
理由でなくとも理屈がほしいのです。
自分はゴールを目指して生きてるのではないと思った。
それはスタートがわからなかったから。
漠然と未来に不安を感じる。
必死で前に進んでも何もない気がしている。
どうしていきたい、どうなりたい
ために
みな、自分の気持ちを押し通して生きていくのでしょうか。
わたしには吐き気がするほど「いや」と認識できることはあります。
しかし
気持ちの中で明確なものを掴めたことがないのだと思われます。
ごく当たり前の出来事にし対しても他人との受け取り方の違いや
感情の鬱積の仕方が、苦悩を生むこと。
他人の百倍、確認作業を繰り返している。
やはり違う…
違うことはよしとしても、なぜかが分からない。
理由でなくとも理屈がほしいのです。
自分はゴールを目指して生きてるのではないと思った。
それはスタートがわからなかったから。
漠然と未来に不安を感じる。
必死で前に進んでも何もない気がしている。
2008年9月16日火曜日
2008年9月14日日曜日
2008年9月8日月曜日
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