2009年6月22日月曜日

気がつけば

さまざまことが重なることがあります。
精神的なこと、肉体の不調。
その中から何を学びどのエッセンスを抽出しようかと
考えます。

たくさんのひとがいて、ひとだけでなく情報や世間の空気など
包囲されている気分でいました。
しかし自分のコアを変えるのはもっと小さい世界なんだと。
たとえば家族や少数の大事なひとたち。
人生はそれだけで完結できるというか、
真の繋がりを持つのはそれだけでも貴重で大変なことです。

とても大事なのです、物質的にではなく、精神的に。

だからわたしは乱されることを非常にきらいます。
特に波動を乱されるのは。乱されない自分になるのが
当面の目標です。
いまやひとを判断するのに、時間も必要ないので
どうかわしていくか。
といってところでしょうか。

2009年6月14日日曜日

なむなむ。

生まれてきた時点で死ぬことは約束されています。
矛盾してるようで、必然であることは誰しも理解して
いることです。だから多かれ少なかれ「死」について
みな気になるのです。

目の前に生と死があって死を選ばなかったら、
それは果たして生きることを選んだことになるのだろうか。

生きたいと切に願うのとただただ恐怖感から死を選ばない
(選べない)のは違う気がします。
食事をして睡眠をとって呼吸をしてれば
それは生きてることになるのだろうけど、
より包括的且つ叙情的な意味に於ける生きてる定義でいうと、
死んでるようなひとは多い。


感じるということが生きているということ。